4つのコーチングアプローチ
アスレティックトレーナー(AT)は、選手のケガ予防・コンディショニング・リコンディショニングをサポートする立場にあります。
しかし「やらされるコンディショニング」「やらされるトレーニング」では効果が限定的です。
選手が自分の状態を理解し、主体的に取り組むことで、初めて継続的な成果が得られます。
日本スポーツ協会(JSPO)は、選手主体の学びを実現するために「指示(Tell)」「提案(Sell)」「質問(Ask)」「委譲(Delegate)」という4つのアプローチを提唱しています。
本記事では、それをATの現場に即して具体例とともに紹介します。
指示(Tell)

ATが即座に行動を指示し、選手が安全かつ正確に取り組めるよう導くアプローチです。
活用例
- ケガ直後の応急処置 → 「足を動かさないで固定しよう」
- リコンディショニング初期 → 「現時点では、つま先は伸ばさないようにしよう」
- クールダウン → 「ストレッチは反動をつけず、20秒静止しよう」
- リコンディショニング後期 → 「今は痛みがあるから、スクワットは90度までで止めて」
- コンディショニング → 「今日はリカバリー優先。冷水浴を10分行って」
ポイント
- ケガの直後や選手が自身で対処できない時は必須
- 曖昧さをなくし、短く・明確に伝える
- 安全管理が最優先
提案(Sell)

選手が「やってみたい」と思えるように、効果やメリットを伝えて提案するアプローチです。選択肢を提示し、モチベーションを引き出します。
活用例
- リコンディショニング → 「このチューブトレーニングを加えると肩の安定性が増すかも。試してみない?」
- コンディショニング → 「AメニューとBメニュー、どちらを試してみたい?」
- リカバリー → 「今日はアイシングとストレッチ、どちらを先にやってみたい?」
ポイント
- 選手が選ぶ余地を残す
- 根拠(パフォーマンス向上・再発予防)をセットで示す
質問(Ask)

質問を通じて選手自身に考えさせ、主体的なコンディショニングを促すアプローチです。
自分の状態を言語化させ、セルフマネジメントを促すことができる上、コーチが選手を理解する手段にもなります。
活用例
- 主観的評価 → 「今のコンディションを10点満点で表すと何点?」「なぜそう感じる?」
- フィードバック → 「スクワットをした時、どこに負荷がかかっている感じ?」
- 振り返り → 「昨日と比べて動きやすさはどう?」「疲労感はどの部位に残っている?」
ポイント
- Yes/Noで終わらないオープンクエスチョンを心がける
- 選手の“感覚”を大切にし、正解を押し付けない
- 主観的指標(痛み・疲労度・RPE)を引き出す
委譲(Delegate)

トレーニングやケアを選手自身に任せ、自ら管理する力を育てるアプローチです。
選手に意思決定と実行を任せ、主体性を伸ばし、リーダーシップやセルフケア能力を養います。
活用例
- 「今日のウォーミングアップはチームで内容を組み立ててみて」
- 「セルフケアの内容を一週間分考えて実践してみよう」
- 「次の練習に向けたリカバリープランを自分で立ててみよう」
ポイント
- 任せた後は観察し、必要に応じてフィードバックを加える
- 放任ではなく「責任ある自由」を与える
場面に応じた4つのアプローチ活用例

コンディショニング
- 指示(Tell):「ウォームアップは5分間ジョギング、その後に動的ストレッチを行おう」
- 提案(Sell):「この順番でストレッチすると関節の動きがスムーズになるかもしれないよ」
- 質問(Ask):「今日の体調を10段階で表すとどれくらい?」「どの部位を一番使ってる?」
- 委譲(Delegate):「チームごとにウォームアップメニューを組み立てて実施してみて」
リコンディショニング
- 指示(Tell):「膝は90度以上曲げないように」「ランニングは直線のみで」
- 提案(Sell):「チューブを使うと筋肉に優しく負荷をかけられるよ。取り入れてみる?」
- 質問(Ask):「痛みはどの動きで一番強く出る?」「昨日と比べて可動域は広がった?」
- 委譲(Delegate):「自分で痛みが出ない範囲の運動を選んでみよう」
リカバリー
- 指示(Tell):「今日はリカバリー優先で、軽いストレッチとジョギングを15分ずつ行おう」
- 提案(Sell):「入浴後にストレッチを取り入れると回復が早まるかも。やってみない?」
- 質問(Ask):「昨日の練習で一番疲れが残っているのはどの部分?」「疲労を10段階で表すとどのくらい?」
- 委譲(Delegate):「今日のセルフケア方法を自分で選んで、記録に残してみて」
トレーニング
- 指示(Tell):「スクワットは膝とつま先をまっすぐに揃えて」
- 提案(Sell):「このトレーニングを加えるとジャンプ力が伸びるかもしれないよ」
- 質問(Ask):「今の動きで一番強く使った筋肉はどこだと感じる?」
- 委譲(Delegate):「今日は自分で下半身・体幹強化のプログラムを構成してみて」
テーピング
- 指示(Tell):「足首を90度に固定して」「今日は強めに巻こう」
- 提案(Sell):「安定感を優先する?動きやすさを優先する?」
- 質問(Ask):「締め付けは強すぎない?」「外れやすい部分はある?」
- 委譲(Delegate):「アンダーラップは自分で巻こう」「最後の固定は自分で仕上げて」
まとめ

アスレティックトレーナーにとって、選手のコンディショニングやトレーニングを支える役割は「指示」だけでは不十分です。
- Tell:安全確保や即時対応
- Sell:納得感を与える提案
- Ask:気づきを促す質問
- Delegate:主体性を育てる委譲
この4つのコーチングアプローチを場面ごとに柔軟に使い分けることで、選手は主体性を持って取り組み、ケガの予防やパフォーマンス向上につながります。
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