前十字靭帯(ACL)とは
前十字靭帯(ACL:Anterior Cruciate Ligament)は、膝関節の中にある靭帯で、脛骨(すねの骨)が前へずれる動きや、膝のひねり(回旋)を制御し、ジャンプの着地・減速・切り返しのような動作で膝の安定性に関わります。
ACLを損傷すると、競技中に「膝が抜ける」「不安定で踏ん張れない」といった不安定感が問題になりやすく、競技復帰までに時間を要するケースが多いと整理されています。
なぜACL損傷は「予防」が重要なのか
ACL損傷の予防が重視される背景は、大きく2つあります。
競技復帰までの負担が大きい
ACL損傷は復帰までのリハビリが長期化しやすく、再建術後でも「競技レベルまで戻れる割合」が一定ではないことが、システマティックレビューで示されています(平均として、競技レベル復帰は約55%など)。
復帰後の二次損傷(再受傷)が論点になりやすい
若年でスポーツ復帰する選手では、二次ACL損傷(同側移植腱の再断裂+反対側のACL損傷)が無視できない頻度で報告され、25歳未満や復帰者で二次損傷率が高いことがメタアナリシスでまとめられています。
こうした背景から、ACL損傷は「起きてから対処する」だけでなく、起きる前にリスクを下げる(一次予防)ことが重要なテーマになっています。
ACL損傷は「非接触」で起きやすい
ACL損傷は接触プレーだけでなく、ジャンプの着地、減速、方向転換などの非接触場面でも起こります。
予防の入り口は「動き」
予防の現場では、こうした場面で膝が内側へ崩れやすい動き(動的外反:動作中に膝が内側に入る状態)など、修正しやすい要素に目を向ける考え方が整理されています。
ドイツ膝学会(DKG)のガイドラインは、ACL損傷予防の流れを「リスクのある動作を見つける→修正する→プログラムとして継続する」という考え方でまとめています。
簡便なスクリーニングとしてドロップジャンプなどが挙げられています。
NMTはACL損傷リスクを下げる
若年女性を中心に、ACL損傷予防の研究は多数あり、システマティックレビュー/メタアナリシスでは、NMT(神経筋トレーニング)が女性アスリートのACL損傷リスクを大きく低下させうることが示されています。
Petushekらのレビューでは、適切に設計・運用されたNMTは女性のACL損傷リスクをおよそ半減させうる、というまとめ方がされています。
「NMTが効きやすい」という話は、レビューだけでなく、女子選手を対象にした介入研究(例:サッカーの予防プログラム)でも、ACL損傷の減少が報告されています。
効果的なプログラム要素
着地を「止める」練習(着地安定化)を軸にする
Petushekらは、ACL予防プログラムを構成要素で分解し、効果と関連しやすい要素として「着地安定化(landing stabilization)」を重視しています。
ここでいう「着地安定化」は、ジャンプやホップの後に、膝・股関節・体幹の位置を崩さずに一瞬止める練習を含みます(例:ジャンプ→静止)。
加えて、女子選手のジャンプ/切り返し動作に対する神経筋トレーニングが、動作上のリスク因子(例:膝外反モーメントなど)の変化を狙う設計で研究されていることも背景として示されています。
膝外反モーメント
着地や切り返しで膝が内側に倒れ込む方向へ働く「ねじれ(回転力)」
下肢筋力(特にハムストリングを含む)を外さない
Petushekらの研究では、プログラム内に含まれるエクササイズ要素として、ハムストリング強化(例:ノルディック・ハムストリング)、ランジ、カーフレイズなどが、効果の大きさと関連する方向で扱われています。
また、サッカー選手を対象にした代表的プログラム(PEP Program)も、ウォームアップの中にストレッチ、筋力、プライオメトリクス(跳躍系)、競技動作のドリルを組み合わせた構成として報告されています。
プライオメトリクス
跳ぶ・弾む動作で、短時間に大きな力を出す能力を高めるトレーニング
「フォームを整える」ための指導とフィードバック
予防プログラムは、種目が並んでいるだけでは成立しにくく、動作の質(膝の入り方、体幹の傾き、着地の衝撃など)に対する修正が含まれる形で設計されてきました。
Hewettらの前向き研究は、跳躍系を含む神経筋トレーニング介入で膝傷害の発生率が低下したことを報告しています。
どれくらい・どう続けるか
ACL予防の現場でいちばん起こりやすい失敗は、「良い内容を作っても、量と継続が足りない」ことで、この点は研究側も明確に扱っています。
順守(compliance)が高いほどACL損傷は少ない
Sugimotoらのメタアナリシスでは、NMTへの順守(参加・実施)が低い研究ほどACL損傷が多く、順守とACL損傷の間に逆相関(低いほど損傷が増える方向)が示唆されています。
量(dosage)」の目安
Sugimotoらは、女性アスリートのNMTについて「量」に注目した解析を行い、用量効果の可能性を検討しています。
また、Steibらのメタ解析は、神経筋系の傷害予防プログラムについて、週あたりの実施回数や時間を含めた実装の目安として、短時間(10–15分)を週2–3回、週30–60分程度の総量で組み込みやすい、と示しています。
ここで大事なのは「この数字なら絶対効果的」という意味ではなく、実施回数と時間を確保しているプログラムが「現場実装しやすい形」としてまとめられているいう点です。
シーズンを通じて続ける設計が現実的
Petushekらは、プログラム特性の整理の中で「シーズンを通じた実施」や「実施者(コーチ等)のトレーニング」を含む運用要素を、効果と関連する方向で扱っています。
女子サッカーにおける傷害予防プログラムのレビューでも、複合プログラムが全体傷害とACL傷害を減らす方向のエビデンスが整理されています。
10〜15分ウォームアップとして導入する
ここからは、論文で言われている「プログラム思想」を、現場で活用しやすい形にまとめていきます。
特定メニューを断定するのではなく、研究で繰り返し使われる枠組みで整理しています。
ステップ1:最初に「崩れ方」を1つだけ決めて共有する
観察項目が多すぎると指導も修正も上手くいきません。
最初は着地に焦点を当てて、次の項目のどれか1つに絞るのが現実的です。
- 着地で膝が内側に入る(動的外反)
- 着地で体幹が大きく横に倒れる
- 硬い着地(膝・股関節の屈曲が小さく、衝撃吸収が少ない着地)
DKGはドロップジャンプのようなテストをスクリーニングとして挙げています。
ステップ2:ウォームアップ内の「必須ブロック」を固定する
週2–3回、10–15分を目安に組み込みやすい枠組みとして、以下の4ブロックに固定します。
- 走る・ステップ(軽い移動ドリル)
- ジャンプ/ホップ → 着地して静止(着地安定化)
- 下肢筋力(ランジ、カーフレイズ、ハムストリング要素など)
- 競技に近い動き(切り返し、サイドステップなど)
PEP Programや女子サッカー向けの予防研究でも、ウォームアップの中に複数要素(筋力・プライオメトリクス・ドリル等)を組み合わせる設計が報告されています。
ステップ3:フォーム修正は「キュー」で統一する
研究の文脈で重要なのは、種目名よりも「動きの質」です。
キュー(短い声かけ)を統一すると、チーム全体で同じ狙いを共有できます。
以下に例を示します。
- 着地で膝とつま先を同じ向きに
- 膝・股関節を曲げて衝撃を吸収して
- 着地後にグラつかない
よくある導入失敗例と対策
つまずき1:週1回しかできない
順守が低いほど効果が小さい方向が示唆されていることは前述の通りです。
まずは「週2回」から始め、できるだけ練習前ウォームアップに埋め込む方が、追加時間を確保しやすい設計になります。
つまずき2:ジャンプ系を嫌がる/怖がる選手がいる
この場合は、ジャンプの高さや回数よりも「着地して止まれる」ことを優先します。
ドロップスクワット(立位姿勢から速やかに着地姿勢なる動作)など、低強度から始める考え方が取りやすいです。
つまずき3:コーチや指導者が忙しくて見られない
Petushekらは「実施者のトレーニング」を運用要素として扱っています。
つまり、指導者の誰が見ても同じ修正ができるように、事前に観察ポイントとキューを絞るのが現実的です。
「内容」と「運用」をセットで設計
若年女性のACL損傷予防は、NMTを軸にした複合プログラムでリスク低下が整理されています。
- 効果が出やすい要素として、着地安定化や下肢筋力(ハムストリングを含む)などが重視される形で整理されています。
- 実施頻度や順守(継続)が結果に影響する可能性が示され、短時間を週2–3回組み込む設計が実装の観点でまとめられています。
参考文献
Petushek EJ, et al. Evidence-Based Best-Practice Guidelines for Preventing Anterior Cruciate Ligament Injuries in Young Female Athletes: A Systematic Review and Meta-analysis. Am J Sports Med.
Mehl J, et al. Evidence-based concepts for prevention of knee and ACL injuries. 2017 guidelines of the ligament committee of the German Knee Society (DKG). Arch Orthop Trauma Surg.
Sugimoto D, et al. Compliance with neuromuscular training and ACL injury risk reduction in female athletes: a meta-analysis.
Sugimoto D, et al. Dosage Effects of Neuromuscular Training Intervention to Reduce ACL Injuries in Female Athletes.
Steib S, et al. Dose-Response Relationship of Neuromuscular Training for Injury Prevention (meta-analysis).
Mandelbaum BR, et al. Effectiveness of a neuromuscular and proprioceptive training program in preventing ACL injuries in female soccer players.
Waldén M, et al. Prevention of acute knee injuries in adolescent female football players (cluster RCT). BMJ.
Hewett TE, et al. The effect of neuromuscular training on the incidence of knee injury in female athletes: a prospective study.


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